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2拠点生活は「住んでいた家がいくらで売れるか確かめるところから」始まった
東京都長野県

2拠点生活は「住んでいた家がいくらで売れるか確かめるところから」始まった
長野・東京 WEBプロデューサー・カフェギャラリー経営 
鶴飼博将さん

記事のポイント

  • 東京生活24年「もう、いいかな」。東京生まれの妻とも価値観が一致
  • 会社を辞めずに社長に相談。収入源を維持したまま移住
  • 田舎にしかない余白を使って人生の“楽しみ幅”を創造

鶴飼博将さん

熊本県生まれの、福岡県北九州育ちの九州男児。大学で上京し、卒業後デジタルハリウッドでITとCGを学び、CGデザイナーとして就職後、2000年よりウェブ業務に従事。2016年3月に安曇野に移住し、東京に週1-2日通い、ウェブプロデュースやディレクションの仕事をしながら、安曇野でカフェギャラリーを週3日営業するという2拠点でデュアルワークをしている。

>経歴・実績の詳細はこちらから
https://www.work-site.space/tsurukaihiromasa/

長野県の安曇野に自宅兼カフェギャラリーを新築し、東京との2拠点生活を送る鶴飼博将さんの1週間は次のようなものだ。

木金土は奥様の夢だったというカフェギャラリー「月とビスケット」にドリンク担当として勤務し、業務委託で従事する東京のIT企業には毎週月曜日に出勤。火・水はリモートワークで、システムサポート業務を請け負う別の会社の仕事もしつつ、休業日のカフェを開放して「北アルプスワークサイト」と名付けたコワーキングスペースを運営している。

週3日、夫妻で経営しているカフェギャラリー。休業日は鶴飼さんがコワーキングスペースとしてオープン

「安曇野は、新宿から特急あずさで最寄りのターミナル駅の松本までアクセスでき、所用時間は3時間、移動費は片道4350円です。毎日通勤するにはさすがに遠いですが、週に1度行き来する分にはまったく問題ありません。それで、都心に住んでいたとき20坪だった家の敷地面積は150坪になり、妻の夢だったカフェギャラリーをオープンでき、収入は多少減りましたけど住宅ローンの返済額は減った。仕事をしたあとに日帰り温泉に行ったり、雄大な北アルプスの夕焼けを見ながら畑や小川を散歩したりと、お金をかけずに日常を楽しめる。2拠点生活をはじめて、本当によかったです。」

東京のメリットを十分享受した今、田舎がおもしろい

そう話す鶴飼さんだが、現在のライフスタイルを手に入れる直接のきっかけは、ふと持ち家がいくらで売れるかネットで見積もりを依頼したことだったという。

「残っていた住宅ローンを返済しても、次の家の頭金になるぐらいお金が残ることがわかったんです。これで一気に、現実味を帯びてきました。」

第二子に熱性痙攣を起こすくせがあり、かねてから環境のいいところで育てたいと考えていた。また、妻はカフェギャラリーを開きたいという夢を持ち、東京出身ながら東京生活にはこだわりがなかった。鶴飼さん自身は大学進学を機に福岡県から上京して24年が過ぎ、「そろそろいいかな」と感じていたといい、見積もりが出た2日後には移住の意志が固まった。

「東京は魅力的な場所です。20代30代は、仕事や人的ネットワークの幅を広げる意味でも、映画や音楽を楽しむという面でも、東京にいたメリットはすごくあったと認識しています。でも、そのメリットはもう十分享受したかな、と(笑)アートやカルチャーにも、東京生活を24年続け、45歳を過ぎてきた今、どこか既視感を感じるようになっていました。」

東京に飽き気味だったことに加えて、旅行で田舎をめぐるたびに、「今だったら逆に田舎のほうがおもしろいんじゃないか」と感じていたとも話す。

「安曇野は旅行で来たことがあったのですが、田舎なのにレベルの高い美術館が多いんです。それに、『絵本美術館』という美術館に行ったとき、ものすごく山深いところにあるのにけっこう人が来ていて。今はSNSが普及した情報社会ですから、田舎に“引っ込む”とか“世捨て人”といった世界ではない田舎暮らしができるんだ、と気づきました。」

仕事を持ったまま、仮住まいに引っ越し

2日で移住を決意した鶴飼さんはまず、社長に相談を持ちかけた。社員10人ほどのIT企業に勤務していたため、社長との距離は近かった。すると、社長の知り合いにちょうど2拠点生活を始めた人物がいた。2拠点で働き暮らす、というあり方にすでに触れていた社長は、鶴飼さんの移住を許可。鶴飼さんは、収入源を維持したまま、移住できることになったのだ。

コワーキングスペース「北アルプスワークサイト」を運営しながらリモートワーク

「会社にいなくてもできることで、会社に必要とし続けてもらえるスキルを身につけていたことはよかったと思っています。やはり、田舎に移住してゼロから仕事を探すとなると、選択肢は極端に少ないのが現実です。もちろん、柔軟に考えてくださった社長にも大変感謝しています」と振り返る。

家族の同意と仕事、という2つの大きなハードルをクリアした鶴飼さんは、安曇野にアパートを借りた。結果的に1年半ほど住むことになったが、これには考えがあったようだ。 「自宅でカフェを始めることは決めていたので、カフェ経営にも適した気に入った土地を見つけたかった。地元の人づてなり、足で見つけるなり、住んでからでないと見つからないと思ったので、まず移住しました。」

働き方も遊び方も幅が広がった

鶴飼さんの読みどおり、最終的に予算内で納得のいく土地を紹介してくれたのは、地元で“先生”と呼ばれる名物不動産屋さんだったという。建物の設計も地元の建築家に依頼した。その建築家が松本山雅(J2に所属するプロサッカーチーム)のファンだったことから、鶴飼さんもファンコミュニティに参加するようになり、安曇野でのネットワークが広がっていった。

「移住する上で、地元のコミュニティに溶け込めるかどうか心配する人もいると聞きますが、まず子どもがいる場合は、必然的に学校のコミュニティに入ることになります。それに加えて、山雅ファンの飲み会にたまに顔を出したり、(近隣の)原村のカフェが立ち上げたプロジェクトをクラウドファンディングで支援したり、積極的でいるようにはしています。」

支援したクラウドファンディングのリターンは、八ヶ岳へのガイドつきツアーだった。山登りは初めてだったが、「すごい楽しかった!!」と、新しい趣味として登山を始めようと考えているそうだ。

また、始めたばかりのコワーキングスペース「北アルプスワークサイト」には、もうすでに、毎週来てくれる人がいる。 「例えば、東京でカフェギャラリーを経営するとしたら、そもそも週3日営業なんてありえない。地価の安い安曇野で住居併用で始めたからこそ、空いている時間とスペースを使って新しいことができています。ここから、多様化する働き方の選択肢のひとつとして『安曇野で働くのって楽しいよ』と発信していきたい」と話す鶴飼さん。

住む場所を田舎に移したからこそ、遊びだけでなく仕事も新たな展開を見せている。それらは、鶴飼さんの情報感度や行動力が、人もアイデアもプロジェクトも飽和状態にある東京にはない、地方独特の“余白”とかけ合わさったことで生まれたできごとだ。東京で仕事を持ったまま、この”余白”を生かして人生をリニューアル。創造的に人生を楽しむ“元東京人”の2拠点プレイヤーがここにいる。

●北アルプスワークサイト・月とビスケット 概要

取材・文:浅倉彩

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