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高知のローカルベンチャーSHIFT PLUSで 働く3人の若者、それぞれの情熱と言葉
高知県

高知のローカルベンチャーSHIFT PLUSで 働く3人の若者、それぞれの情熱と言葉
株式会社SHIFT PLUS

高知県高知市の中心地、高知駅から徒歩5分に位置する株式会社SHIFT PLUSのオフィスには、PCに向かうおよそ100名の若者の姿がある。SHIFT PLUSは、高知県が推進するIT・コンテンツ産業集積計画の一環である企業誘致施策を活用し、東京に本社を置くIT企業 株式会社SHIFTと株式会社オルトプラスが設立した合弁会社だ(現在は株式会社SHIFTの100%子会社)。基幹事業は、ソーシャルゲーム開発会社を顧客とするゲームの品質保証(テスト業務)とカスタマーサポート。これをキャッシュエンジンに、行政と情報交換をしながら地域の課題を抽出し、地域の課題をITの力で解決する新規事業も次々に展開している。この記事では、SHIFT PLUSという地域スタートアップで働く若手のみなさんを紹介したい。性別や国籍、出身地はばらばらだが、内的な動機づけをもとに高知で働くことを選択し、目標を持って生き生きと働く姿が共通して印象的だった。

記事のポイント

  • 入社3年目でマネジャーを任された大谷さん
  • 東京にはない働き方を求めて移住・転職した鈴木さん
  • 自分のスキルを活かすため新たな道を選んだ山谷さん

最年少マネジャーは高みを目指す 新卒採用の大谷さん

大谷さんはおとなりの徳島県出身で、高知大学・大学院を卒業した後、SHIFT PLUSに入社した。SHIFT PLUSとの出会いはハローワーク。当時は就職活動をしないまま卒業し、アルバイトをしていた。「仕事を続けてご飯が食べられて家賃が払えれば、職種にはこだわらない。自分ができる仕事だったら選ばない」というスタンスで合同説明会に参加した。

「合同説明会で、社長(当時)の松島が『高知からゲームを熱くしていきたいと思ってます』って熱弁しているのを見て面白そうな会社だなと思いました。大学院で誰もしていないような研究をしていたこともそうなんですが、新しいことをちょっとずつコツコツ切り開いていくのは嫌いじゃないので。この会社に入ったら、今まで考えたこともないような仕事ができるな、入ってみようかな、と応募しました。」

当時を振り返る大谷さん

そうして入社した大谷さんは、またたくまに仕事に熱中していった。入社3年で最年少マネジャーになり、28歳にしてサービス開発チームとメールサポートチームの30人を率いている。ベンチャーならではのスピード感だが、大谷さんはさらに高みを目指す。

「私、出世をしたくてずっと。お金持ちになりたいと言ったら身も蓋もないですが、大学院に行ったことでまわりの友達よりも遅れて社会人になったので、追いつかなきゃという焦りがすごくあったんです。だからSHIFT PLUSに入って『周りに追いつくにはまずマネジャーだ!』と思って、いかに早くマネジャーになるか考えて走っていました。マネジャーになった今も、相変わらず出世したいです(笑)。今マネジャーまで来たので、次は部長を目指そうかな、って。やってみてできたらもうちょっと上の役員とかできるのかな。そんなふうに、できることを増やしていくことがすごく楽しいんです。」 上昇志向を持つ人材は都市部に流出している、という言説は事実の一部ではあるが、すべてではないようだ。その上昇を支えているのは、職場のあたたかな人間関係だ。

大谷さんは、2年目に挫折を味わった。その時に大谷さんを救い支えたのは、リーダーをしていたチームのメンバーや他部署の上司など、SHIFT PLUS社内の多くの人々だった。

「1年必死で頑張って2年目になった頃に、『周りに比べてこんなに頑張ってるのになんでもっと認めてくれないんだろう』って他のマネジャーに対して憤りを感じていました。今振り返ると、自分のものさしだけで自分は頑張ってるって自己評価していただけ。視野の狭さや幼稚さに恥ずかしくなります。でも、もう会社を辞めたいと思うぐらい思いつめていました。嫌な部下になっていて怒られもしたのですが、それ以上に社内のたくさんの上司と話す機会に恵まれました。いろんなマネジャーと話したり意見を言い合える同僚と飲みに行っているうちに、もっと評価されたいとかどうでもよくなったというか(苦笑)目の前にやることはたくさんあるから、とりあえず幼稚な考えを捨てて仕事頑張ろうかな、と。道を正してもらえました。」

上司を通して、「大谷さんのチームメンバーが、大谷さんが大変そうだから助けたい、支えになりたい、頑張りたいって言ってるよ」という声も聞こえた。そのことで、自分の成長や出世にばかり注視して突っ走るのではなく、肩を並べて頑張っている人を引っ張っていける存在になりたいという新たな目標も生まれたという。

つまづいたメンバーを放っておかないあたたかみが、若い上昇志向を健全な成長に導き、最年少マネジャーを誕生させた。

大谷さんは、高知ではたらくことをどう捉えているのだろうか。

「私は出身地にも住んでいるところにも、あんまりこだわりはなくて、高知だからどうというのはあまりないです。でも、世間一般の『地方はもうダメでしょ』という空気をひっくり返したいという気持ちはあって、そこは、会社のビジョンにすごく共感しています。高知じゃなくてもいいことはいいんですけど、ここでできたらどこでもできるという自信になるとは思ってます。」

力強い志を感じる言葉だ。

地方だからできることをしたい Iターン組

次は、「高知で働きたい」と意図してSHIFT PLUSに入社した2人の言葉をお届けする。

事業開発部で働く鈴木さんは、東京で11年間キャリアを積んだ後、30台前半になって「首都圏以外での生き方・働き方がないかな?」と探し始めた。

「ちょうどそのとき、住んでいたマンションを引っ越さないといけなくなって。東京以外でどこか探そう。どうせ行くならなるべく知らないところ、まるっきり違う環境に行こうと考えました。今までに、四国には一度も行ったことがないと気づいて、その中でも特に文化を知らなかった徳島と高知に興味を持ちました。それで求人を検索をしたら、2日後に高知転職フェアが最寄駅から2駅の新宿で開催されると知って出かけました。」

「すごく面白い会社があったらいいな」「新しい事業をつくる仕事ができたらいいな」と希望を持って出かけた鈴木さんは、引き寄せられるようにSHIFT PLUSのブースを訪れた。

「ブースでは、事業開発部長の宇都宮さんから介護や人材の分野で新規事業をやっていきたいと伺いました。僕も介護系や人材系のサービス企画の経験があったので、話が盛り上がり、結局1時間ぐらい話しました。その後、宇都宮さんから『1週間後にもう一度東京に行くので、会いませんか』と。その面談で高知でこれから何をしていきたいかという想いが一致して、ここで働こう!と想いが決まりました。」

トントン拍子とはこのことだろうか。「決め手は、結局は人なのかなと思います。宇都宮さんと働けたら面白いな、一緒に事業をつくれたら面白いと、そこだけでした」と鈴木さんは振り返る。

一方の山谷さんは、高知県出身の妻との結婚を前提に、大学卒業後すぐに高知に移住した。その後就職した不動産会社で7年間営業職を経験し、ITサービスを使う側から生み出す側になりたいという潜在的な思いが、SHIFT PLUSとの出会いで顕在化した。

「ここに行けば自分が将来やりたいことが色々と実現できるんじゃないか、とか、今のスキルも活かせるんじゃないかと感じました。でも、最終的な決め手はやっぱり宇都宮さんの魅力です。純粋に、この人と一緒に働かせてもらえたらなんか楽しそうだな、という。」

人が人を呼ぶ。当時の社長の松島さんが口説いてIターン入社した宇都宮さんが、有能な人材を次々に呼び寄せた。

2人の入社により、SHIFTPLUSにライフシフト・デザイン事業が立ち上がり、鈴木さんと山谷さんは入社してすぐ人材サービスの立ち上げを開始した。求職者と求人企業をつなげ、採用が成立したときに成功報酬を受け取る有料人材紹介業(認可取得済み)を中心としたサービス設計。サービスコンセプトを伝えながら集客動線としても機能する高知の求人メディア「BUNTAN」もスタートさせた。

 “はたらくを楽しくする出会い”を応援するメディア「BUNTAN

山谷さんも「楽しさしかない」と話す(左)、鈴木さん(右)

鈴木さんと山谷さんが築いている人材ビジネスには、「地方にワクワクする仕事を増やし社会をより豊かに」というSHIFT PLUSの経営理念が反映されている。その象徴が「BUNTAN」であり、事業名に冠したライフシフト・デザインという言葉だ。

「給与や職種、勤務地といった条件を入り口にした求人情報ではなく、会社のビジョンや働いている人の価値観を軸に会社を紹介しています。なぜかというと、僕らは高知で仕事を探すということを、提案したいライフシフトの一部としてとらえているからです。」

鈴木さん自身が、SHIFT PLUSと宇都宮さんとの出会いがきっかけとなって高知に移住し、ワークシフトのみならずライフシフトを実現した。東京で転職しただけなら、叶わなかったライフシフトだという。

「高知に来たら、自然がすごくいいし、食べ物は美味しいし人との接しかたも全然違う。大げさじゃなく、生き方が変わって人生が楽しくなりました。手前味噌かもしれないけれど、すごくいい選択肢だと思うので、首都圏で働く以外にも自分にとっていい生き方があるかも気づく人、選ぶ人を増やしたいんです。人生もっと楽しくやりたいんだけどきっかけがないという人がライフシフトできるようなきっかけとか出会いをつくりたい。」

だから、事業名は人材事業ではなくライフシフトデザイン事業。5年スパンで見たときには、空きスペースのマッチング事業や暮らし方を応援する事業、その他趣味などで繋がるコミュニティ運営など思い描く構想は壮大だ。

山谷さんは、高知出身の妻から伝え聞く高知の現状とBUNTANの存在意義をこう話す。 「『帰りたいけど、帰ってもどうせ仕事ないんでしょ』って、妻もまわりの友人もみんな言ってます。でも、上場企業やごく一部の目立っている企業しか知らないんですね。だから、あまり知られていない企業の仕事の見方を広げて、『高知にもこんな仕事があるんだ』と思ってもらうためにBUNTANをつくっています。」

高知への移住を、単なる転職や引っ越しではなく、人生をアップデートする手段として提案するライフシフト・デザイン部の今後に要注目だ。

●株式会社SHIFT PLUS 概要

取材・文:浅倉彩

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