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移住してゼロからリスタート。IT社長が体当たりでつくってきた、移住サポートと他拠点の働き方とは?
福岡県

移住してゼロからリスタート。
IT社長が体当たりでつくってきた、移住サポートと他拠点の働き方とは?
スマートデザインアソシエーション代表取締役 須賀 大介さん

ライフスタイルが変化し、多様化する現代。様々な技術や制度の発達とともに、自分が住みたい地域に、住んで、働くという選択をする人も増加しています。しかし仕事や環境が大きく変わる移住は、必ずしもメリットばかりではありません。今回は自身も見知らぬ土地で移住を選んだ、IT企業社長、須賀大介さんに、移住することのリアルと、福岡で、暮らしを支える移住サポート事業を起こすまでをお伺いしました。

須賀大介

1976年生まれ、茨城県水戸市出身。株式会社スマートデザインアソシエーション代表。福岡移住計画主催。26歳の時にWEBマーケティングの会社として同社を立ち上げる。大手企業含むWEBマーケティングコンサルティング、制作・運用を主業とする一方で、地域資源を活用した加工品の販売など地域と都市を結ぶ場づくり事業を東京下北沢でスタート。その後起業して10年目に、活動の拠点を福岡に移す。同時に、家族と共に福岡市に移住し、自身の移住の体験も含めて、福岡移住者に向けた居・職・住の情報発信や、コミュニティの場を創出する『福岡移住計画』を立ち上げる。
>福岡移住計画公式サイト

記事のポイント

  • 社長自らの移住による、会社の大改革
  • IT企業による移住サポート事業
  • よそ者だったからこそできる、価値創造

社員に反対されて、それでも移住したかったワケ

―東京での暮らしから、福岡への移住を決めたきっかけはどういうものだったのでしょうか?

もともとは東京で、Webマーケティングの会社を立ち上げました。1名で立ち上げた会社も10年ほど経過して、社員も40名ほどまで成長し、大手クライアントにも恵まれて事業は右肩上がりで割と順調でした。それでも、働き方や暮らしそのものに釈然としない気持ちがありました。東京で事業を維持していくためには、多くの仕事と向き合って、長時間労働をしながら、家庭を犠牲にしていました。スタッフも同じで、家族を持ち始めた彼らと果たして、このままの会社でいいのかと。 そんな時、東日本大震災が起こったんです。

―あの震災は日本中に、生き方を真剣に考える必要性を明示しましたね。

いかに東京に依存した働き方や生き方をしているか実感しました。一番愕然としたのは、電気が消えた東京、食べ物がスーパーから買い占めなども起きる中で、僕自身にライフスキルというものが全く備わってなかったこと。生活に必要なものを、お金で消費する生活に飼いならされてしまって、なんだか自分が大きなシステムの一部に埋め込まれていることの危機感を覚えました。それから家族との時間も犠牲にしながらこうやって身を削ってはたらいていく先にお金以外に何が残るのだろうという率直な問いも生まれました。

会社をつくってちょうど10年目でもあったので、会社全体で、見直すべき時期だと決意しました。IT企業らしく、PCを携えて、自分の暮らしたいところで働こうと、社員の一部が沖縄などで働く、分散型の働き方が少しずつ始まりました。当社の社名はアソシエーションとついていますから、ゆるやかに分散しながらネットワーク型でつながりながら働くという原点に返ろうと思ったのです。

―それでも、社長自らの移住には壁があったのではありませんか?

当然のことではありますが、一部の社員からは社長は本社のある東京にいるべきと大反対されましたが、半年間かけて話し合いをしました。分散型のはたらきかたを実現するためのルールや、成果を反映する給与体系など、結果として半数が辞めてしまいました。今思えば、僕だけでなく、それぞれにとってベストな選択だったのではないかと思っています。

SALTの一場面


―福岡の地を選ばれた理由は何ですか?

一番の理由は、街に降り立った時のすれ違う人々のエネルギーが高いというか、幸福度が高いように思えたこと。なぜ福岡の人たちは幸せそうなんだろう?気になって地図を見たり、いろいろ調べていくと、都市と自然の絶妙なバランスと距離感。さらにビジネス的に見ても、福岡は飛行機が1日100便以上も飛んでいて、東京までは片道1時間半。その上アジアへの距離も近く、IT企業としては、マーケット拡大のチャンスがあります。これならば、移住の地として、自分達のエネルギーをリチャージしながら、働き方や暮らし方の在り方を再構築できるのではないかと思ったからです。

―福岡の住環境の良さは、確かに最近話題ですが、それが幸福度に関係しているのでしょうか?

大いに関係していると思います。博多・天神などの都市的な暮らし方と、30分も行けば豊かな自然に恵まれる。その距離感が、衣食住すべてのクオリティを担保してくれることは福岡の幸福度の最も大きな理由だと思います。イギリスの*モノクルの「住みやすい都市ランキング」では7位に選ばれるなど、世界的にも高い評価を受けています。福岡の人は福岡のことを好きすぎるとよく言われますが、それは暮らしてみて実際に感じて。このシビックプライドの高さも福岡の魅力です。さらに、東京と福岡の二拠点を行き来することで、東京も客観的に見ることができるようになり、感覚的には、以前よりもずっと豊かになりました。

*イギリス発のグローバル情報マガジン『MONOCLE(モノクル)』平成2016年6月23日発売号 毎年恒例の“世界の住みやすい街ランキング”より

移住して分かった、「ヨソモノ」と「ジモト」

―福岡での暮らしは順調でしたか?

初めは環境も変わってよかったのですが、その後移住が思っていたよりも大変なことに気づかされました。色々な問題にぶつかりまして…。まずは家探し。田舎暮らしで誰もが想像するような古民家を探したのですが、情報として出回っていない。

―人口減少しているので、空き家ならいくらでもありそうですが?

あることにはあるのですが、地域ではよそ者である移住者がすぐに空き家を借りることは案外難しい。移住者が問題を起こした際、家主が地域住民から非難を受けるため、家主がリスクを取りたがらないことが原因ですね。

それからこれは5年たってようやくわかったことですが、地域は古くから住んでいる地元の方が、みんなで手を入れながら作ってきた土地なんです。そこに良い物件があるからと、買い物をするように地域に入る移住者に対して、違和感を持つのは当然だなと思うようになりました。だからこそ、地域のことを良く知って、地元の歴史や成り立ち、地域コミュニティの事情を理解してから、ステップで家を探すような方法を、現在は九州大学の先生と連携しながら試しています。

―なるほど!家探し以外にも、移住で困ったことは何かありましたか?

地方では、僕らのようなWebの仕事も紹介で仕事をもらうことが多いんです。なので、東京でやってきた自信があっても、紹介してくれるコミュニティが無ければ、仕事が成り立たなかった。生活も含めて、なじむのに時間がかかってしまい、その間は家族も苦労しました。東京では、実力と見積もりで仕事を広げていけましたが、地方では人と人のつながりや信頼。まずはこれがないと生きてはいけないことを痛感したのです。

このメディアは「地方創生」を「業界」として定着させ、そこで活躍する人を可視化し応援する為に生まれました。

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