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アライアンスで勝ち取った拠点整備事業を通して 「健康」&「食と農」を地域経済成長のエンジンに 【沖縄のまちづくり会社 プロモーションうるま(後編)】
沖縄県

アライアンスで勝ち取った拠点整備事業を通して
「健康」&「食と農」を地域経済成長のエンジンに
【沖縄のまちづくり会社 プロモーションうるま(後編)】
一般社団法人プロモーションうるま

道の駅の再建と「地域商社」の成功体験を持つ松本氏を口説く

FF社の松本謙さんといえば、各種メディアでも大きく取り上げられた「道の駅うつのみやろまんちっく村」の事業再生、そして近年定着しつつある「地域商社」のビジネスモデルを確立したことでも知られる人物だ(松本さんとFF社の取り組みについては後日別稿にて公開予定)。その実績が買われ、全国から講演やプロデュース支援等の引き合いが後を絶たない松本さんだが、うるマルシェの開業準備が本格化した現在は、沖縄にもオフィスと住居を構え、本拠地である栃木県と行き来する生活を送っている。

株式会社ファーマーズ・フォレスト代表取締役 松本謙氏

松本さんがうるマルシェに初めて関わりを持ったのは、中村さんと出会った市民ワークショップよりも前、うるま市で拠点施設構想が立ち上がった頃だった。

「委員として基本構想に意見を述べる機会があったのですが、その時は『普通の直売所をつくるのならやめたほうがいい。未来モデルの拠点づくりをしていかないと差別化できない』といったことをお伝えしました。そして、『ハコだけつくって誰かが運営する』のではなく『みんなでつくる』という意志力、意志の力が必要だ、ということも話していましたね。当時はまさか自分がこうして運営をやることになるとは全く思ってもいませんでした」

その後、市民ワークショップの講師となり、毎月違うテーマを掲げて市民主体のコンセプトづくりを支えていった松本さん。

「最初は温度感がそれぞれに違う人たちが集まっていましたが、回を重ねるうちに本当に興味のある人が残っていった。中村さんは2・3回目あたりから割と目立っていましたね。意見も進んで出すし、目の輝きが他の人と違っていた。キラキラ楽しそうだったのが印象的でした。こういう人がいるなら、このプロジェクトは前向きにやっていけそうだな、と感じていました」

当の中村さんはといえばワークショップ翌年の2014年、協議会としての最終年度を駆け抜けながら次年度以降の事業継続を模索する中で、プロモうるま立ち上げを構想していた。その構想の中に、拠点施設の運営も視野に入れ込んでいた中村さんは、2015年にプロモうるまを設立してすぐ、松本さんの元に赴いた。

ワークショップの参加者のひとりでしかなかった自分のことを、覚えておられるかも自信がなかったんですが」という中村さんだが、それでも栃木まで飛んでいったのは、強豪ひしめくと予想された拠点施設の指定管理者選定プロポーザルで「勝負するにはどうしたらいいか、どうしても松本さんに相談したかったから」だった。

全国公募になると噂されていたプロポーザルへのエントリーに向け、中村さんらは地元のキーパーソンとの協力体制を築きながら、企画と執行体制を固めつつあった。その取り組み状況を聞いた松本さんは当初、「それだけ有力な人脈が揃っているなら、自分たちだけで挑戦してみては」と勇気づけてくれたという。

しかし、「想定されるライバルはいずれも横綱クラス。競合表で比較すると実績面も資金面も全く太刀打ちできない。競えるとすれば『やる気だけ』」という状況を痛いほど認識していた中村さんは、松本さんに何度も食い下がった。

志を同じくして一緒にやれる、そして経営基盤も実績もあるパートナーが必要でした。そして、それには松本さん以上の人はいないと思っていたので、相談しつつ口説いていたような感じでした

「一瞬、風が吹いた」。
1600kmの距離を超えたアライアンスの成立

一方の松本さんは、相談を受けながら「予想していたよりも公募が早い」ことを危惧していた。

「市民が時間をかけて、“意志力”を集めてやろうとしていたことが、歪んでしまうのではないか、と。いま全国公募になり、百戦錬磨の会社が手を挙げてくれば、設立間もないまちづくり会社が勝つのはどう考えても難しい、という現実もわかっていました」

この時点でも、栃木にいる自分が関わるとすればアドバイザー的な立ち位置だろう、としか考えていなかった松本さん。どのような心境の変化から、自ら運営の当事者になろう、という決断に至ったのか。

「何度か相談を受けた後で、めったに取らない休みを取って妻と沖縄を旅行したんです。ワークショップで来る時はいつも空港からまっすぐうるま市に入っていたので、沖縄をゆっくり回るのはその時が初めてでした。そもそも、自分はそれまで沖縄のことをまるで知らなかった。海のない長野県出身で、暑いところも苦手。そんな自分が縁あって沖縄の、しかもリゾートでもなく国際通りでもない、うるま市という“日常の沖縄”に通うようになった。内地にはない文化があり、スローリーでフレンドリーな沖縄に『ご縁がなくなったら、もう来なくなるのかな。寂しいな』と感じました。もし自分が事業参加するとなれば、当然失敗はできません。1600km離れた栃木と沖縄で、果たしてオペレーションができるのか。全く未知の領域でしたが、全てをリセットして考えたら、ふっと一瞬、風が吹いた気がしたんです。『やってみるかな』と。すぐに中村さんに電話して『やりましょう』と伝えました。『自分たちの事業として参加しましょう。ジョイントで』と」

地元の人脈・ネットワークを持つプロモうるまと、財務面・実績面を担保できるFF社。こうして2社によるアライアンスが実現し、うるま未来PGとして臨んだ企画プロポーザルで、見事採択を勝ち取ったのが2015年12月のこと。

採択を引き寄せた提案資料

松本さんはすぐさまFF社の沖縄支店を登記し、プロモうるまと同じ建物内に支店オフィスを設置。現地採用のスタッフ7名で初期陣容を固めた。

うるマルシェの運営準備と同時に、栃木と沖縄をダイレクトにつなぎ、それぞれをハブにしてローカルtoローカルの商流を確立する体制をつくっていきます。これまでの規格化された大量生産品を地方から大都市圏へと流すタテ方向の商流に乗れず、地域に埋もれているたくさんの産品を域内・域外に出していく。そのためには地方と地方をつなぐ今までにないネットワークが必要なのです

誰もやらなかったことをやる時、どうしても既存のしがらみと対峙しなければならなくなり、それは体力消耗戦でもある、と松本さんは語る。

「でも、しがらみを突破しながらプラットフォームをつくっていかなければ、地域産品の出口選択肢を広げていくことはできません。栃木のろまんちっく村と沖縄のうるマルシェがつながり、産地産品交流を通した人的交流が生まれれば、それこそが本当の意味での地方創生になると感じます」

数々の試練と苦難を越えて、グランドオープンへ。
目指すは「第3の新名所」

2018年秋頃のグランドオープンに向け、予定地では着々と工事が進んでいる。

目下の課題は「売り場づくりにおける行政との調整と、そして何より直売所に青果物を納めてくれる農家さんの確保ですね」と中村さんはいう。近隣エリアの直売所の2倍もの面積となる棚を、しっかりと埋めるだけの生産者を集められるかが焦点だ。

うるマルシェは、2018年秋頃グランドオープン予定

「既存の納め先との奪い合いにならないよう、農家さんにはうるマルシェ用に『新しくつくってもらう』という考え方を主軸にしています。直売所で人気の農産物や、県内での希少品種を紹介する種苗講習会を行いながら、賛同してくれる農家さんをうるま市内中心に、また市外からも広く募っています」

松本さんも「今後の突破口を探して悩んでいる農家さんが『売る場所はいくらでもあるから、たくさんつくろう!』と思えるきっかけになれば」と語る。

「大多数の農家の方が、従来の生産指向のプロダクトアウト型ではなく、出口、つまり売り場側から見て作物をつくる発想へと切り替えられたら、農業は真の産業化に向かっていくと思っています。『いろんなものとつながる』のも農業の、そして地域の特徴。可能性はものすごく大きいです」

うるマルシェが成功するために必要なものは何か。最後の問いに、松本さんはこう答えてくれた。

「みんなが『自分ごと』になることだと思います。生産者も、事業者も、そしてお客様も、うるマルシェを自己表現できる『場』だと捉えられるように持っていくこと。単にモノを売り買いするというだけじゃない、みんなが参加できる『場』になるよう、売り場づくりやイベント企画、生産者や加工業者との連携、お客様との関係づくりに取り組んでいきたいですね」

そして中村さんの答えは、「市民が自慢できる施設になること」。地元の名所として、「海中道路」「勝連城跡」の次に「うるマルシェ」と言ってもらえるようにしたいという。

売り場面積や施設の機能から試算した年間売上高は、オープンから3年ないしは4年で設定目標の売り上げまで到達すると読む中村さんだが、

「実際にはもっと上を狙えます。想定上はそれ以上を売り上げるポテンシャルがある施設なので。もちろん狙っていきますよ」

そう言ってメガネの奥の瞳をキラリと光らせた。

現在のプロモうるまは総勢27名。そこにFF社とアライアンスを組むうるま未来プロジェクトグループとしてのうるマルシェ運営スタッフが60〜70名加わり、グループ組織全体の規模は一気に4倍増となる。

「お仕事説明会を随時開催したり、地元のスペシャリストの方々にも声かけしたりしながら、徐々に陣容を固めています。うるマルシェのグランドオープンに向け、やらなければならないことが山積みで、正直いっぱいいっぱいですよ(笑)」

だが中村さんには、まちづくり会社としてこれまで時間をかけてつくってきた、地域の人々との信頼関係という揺るぎない土台がある。どんなに追い込まれても、その土台を大事にするのだという想いがある。

「オープンまで残り時間は短いですが、オープンから先はずっとずっと長いですから。大切なことを見失わず、未来志向でこの先何十年も継続していける“みんなの自慢”になれる施設を、地域の方々と一緒につくっていけたらと思います」

プロモーションうるまの誕生秘話や移住定住促進プロジェクトは前編「100年後のうるまをつくる」を理念に、ローカルイノベーションに取り組む“秘密基地”」でお楽しみください!

●一般社団法人プロモーションうるま

  • 代表理事 : 中村薫
  • 所 在 地 : 沖縄県うるま市字田場1304-1 1F
  • 電 話 : 098-923-5995
  • 設 立 : 2014年9月
  • コーポレートサイト

取材・文:谷口紗織

このメディアは「地方創生」を「業界」として定着させ、そこで活躍する人を可視化し応援する為に生まれました。

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