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創業間もないベンチャーで日本酒の可能性を拓く。社会人2年目で選んだ、地元山形での挑戦
山形県東京都

創業間もないベンチャーで日本酒の可能性を拓く。
社会人2年目で選んだ、地元山形での挑戦
株式会社WAKAZE
佐藤 志保さん

佐藤 志保さん

山形県鶴岡市出身。大学進学をきっかけに上京。卒業してからカナダのバンクーバーへ語学留学後コンサルティング会社に入社。約2年の勤務を経て、現職。

株式会社WAKAZE

山形県鶴岡市に本拠をおく、新しいコンセプトの日本酒の開発・自社ブランド商品の販売(OEM販売)を行う日本酒ベンチャー。フランスでの酒造りプロジェクト、ヨーロッパを中心として海外の販路開拓など、海外展開を積極的に進める。現在、ボタニカルSAKE「FONIA(フォニア)」のクラウドファンディングを実施中。
>コーポレートサイト
> 「FONIA」クラウドファンディングページ
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記事のポイント

  • 転職するなら今しかない。
  • 働き続けるために個人としてのスキルを身につける。
  • 今の仕事は未来への投資。

酒蔵を持たずして、自分たちの日本酒を、委託製造し、販売しているWAKAZE。その中で、昨年8月に入社した佐藤さんが担う仕事は、主に広報の仕事だという。前職で働いている頃に抱いたちょっとしたもやもや。このままでいいんだろうかという漠然とした不安を抱いていた頃、出会った同社の代表の稲川氏の人柄にも惹かれ、入社を即決。「自分の地元に拠点を置いて活動している会社だというところ」が大きな魅力だったと振り返る佐藤さん。入社に至るまでの軌跡、入ってからのギャップ、そしてこれからのビジョンについてうかがいました。

これは乗るしかないと思って。

地元を思う気持ちと、同社代表に魅せられて転職を即決したという佐藤さん。

彼女は山形県鶴岡市に生まれ、途中同県内での引越しをして、高校卒業まで山形市で育った。大学の進学をきっかけで東京に上京。早稲田大学の商学部を卒業した。 その後、半年のカナダ・バンクーバーでの語学留学を経て、2015年の4月にコンサルティング会社に入社する。

「コンサル会社で働いたら、幅広く業界を見れたりとかいろんな人と関わりが持てるとか話が聞けると思って入社しました。戦略を作るところと、システムの部分といろいろ手広くやっているコンサルティングファームで、約2年くらいいました。研修に始まりリサーチ業務、最後の方はフィールドリーダーのようなものを任せてもらってプロジェクト全体を見ることも経験しました。」

そんな中、ある時期から将来や働き方について漠然とした不安を抱えるようになる。

「自分がこの先働いて、例えば3年後4年後が全く見えないというか。何やってるんだろうという漠然とした不安があって、このままじゃいけない気がする、動かないといけない気がすると思っていた矢先に出会ったのが代表の稲川でした」

「(転職するなら)今しかないというか。これ以上前の会社に長くいてもほとんど身動きとれなくなっていくと思って、まだ身軽なうちに、とそんなに悩むことなくWAKAZEへの転職を決めたんですよね。(前職の勤務期間)2年は、転職を決断するには早いと言われたんですけど、これ以上いたらたぶん同じ選択ができなくなると思って。」

佐藤さんがWAKAZEについて知ったのは昨年の4月の半ば。知り合いの紹介で代表の稲川氏と会って話したのが始まりだったという。

「おもしろそうだなと、惹かれて、入社したいと意思表明をしたのは5月の終わりくらい。6月は週末だけ打ち合わせに参加する形で協力し、7月は前職の有休消化の機会だったので、がっつり時間を使ってWAKAZEの仕事を手伝ったりという形でやっていました。そして8月に正式にジョインしたという形になります。」

会社の存在を知ってからわずか2ヶ月で事業に関わり、4ヶ月で正式に入社するという驚くべき転身ぶり。不安や葛藤はなかったのかと尋ねると、佐藤さんはこう答えた。

「紹介してもらった時に代表の稲川の人柄にも惹かれたというところもあるんですけど、一番は自分の地元に拠点を置いて活動している会社だというところに惹かれて。(人に)相談すると止められるじゃないですか。だから誰にも相談しないで一人で勝手に決めて、親にも全部事後報告というくらいな形で。本当にすぐ決めました。」

「本当にご縁というか、これは乗るしかないと思って。自分ではものすごい決断をしているつもりはなくて、直感に素直に動いたらそうなったっていうところなんです。今しかないといったら変なんですけど、普通のサラリーマンをやっていて、2年3年やって身につくことと、このスタートアップっていうゼロからイチを作るような形を2年3年やるっていうのと絶対密度が違うし、働いて3年後に出来上がった自分って自立度が絶対違うと思って。」

個人としての人生設計の中で、の中で働くことより、ベンチャーのゼロイチでの成長に価値を見出した佐藤さん。

「どちらが良い悪いじゃないんですけど、自分がそっち側だったっていうことですね。」
と振り返る。

その価値観からは、佐藤さんの将来への展望が垣間見える。

このメディアは「地方創生」を「業界」として定着させ、そこで活躍する人を可視化し応援する為に生まれました。

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