「地方創生」と「地域共創」。似て非なるその真意とは?

「地方創生」、「地域創生」、「地域共創」…他にもあるかもしれませんが、これらの似たような言葉の小さな差異が、気になっています。大方の皆さんにとっては、要するに「地方を良くしなきゃ」ってことでしょ?…とひとくくりにされている、どうでもいいことだとは思いますが、そのまっただ中にいて会社のキャッチコピーにもその言葉を掲げている身としては、その違いにこだわらないわけにはいきません。

まずは「地方創生」。これは自ずとしれた、”日本政府の政策”のスローガン的な呼称ですね。
(参考; Wikipediaより [地方創生とは、第2次安倍政権で掲げられた、東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を上げることを目的とした一連の政策である])
日本における地方と東京との違いや、その両者が抱える課題は明確に違うため、ここで「地方」という言葉を使うのは必然です。一方で「創生」という言葉には特に重大な意味があるとは思えませんが、まあ言ったら「一から創造して生み出していこう」というような、漠然とした意味を込めたものかと思われます。Googleで完全一致検索をしてみると、やはり政府関連のサイトが上位に表示されます。インデックス数も43万2千件とかなりの数です。スクリーンショット 2016-07-10 23.36.21

 

その派生と思われる「地域創生」は、「地方」という言い方を避けたかった地方自治体やメディアが使っているような感じもします。こちらもGoogleで完全一致検索をしてみると、興味深い結果になります。インデックス数は意外に多くて31万5千件にのぼります。日本語の「地方」には、独特の意味合いがありますからね。使い方によっては少し上下を感じるようなこともあるのも事実ですから、そういう心理的背景への配慮もあるのかなとも思います。

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そうした中で、「地域共創」はどうでしょう? こちらもGoogleで完全一致検索をしてみますと、面白いことに地方大学の学部名に多いことがわかります。多いんですねーこういう名称の学部。昨今の流れなんでしょうか…。インデックス数は一桁少ない3万8千件あまりです。使われている頻度としても、まだまだ少ないということですね。

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これらの例からも、やはり特に「地方創生」「地域共創」の2つの言葉には、大きな違いがあることがお分かりいただけるのではないかと思います。使われる頻度や一般性にも大きな差がありますが、それだけではなく、その意味合いにも違いがあります。私自身の解釈を端的に表現すると、良い悪いという話ではなく、前者は包括的であり、ある意味トップダウン的です。また、後者は逆に局所的であり、ボトムアップ的な意味合いが強いと思っています。

当然のことながら「地方」「地域」はそもそも意味が違います。前述のとおり、東京の対極としての「地方」という意味と、そもそも「身近な生活圏」としての「地域」という言葉は別物です。「創生」は「一から創造して生み出していこう」という漠然とした意味なのに対し、「共創」は、Co-Creationと訳される事が多いことにも現れている(むしろ訳語?)ように、「共同作業による創造活動」というような意味合いです。それ自体も漠然としているといえばそうなんですが、自分としてはここにもう一つ大きな意味合いを感じています。

それはつまり、地域で何かを企てるには、「みんなで力を合わせてやろうぜ」というようなユルイ”共同”ではなく、「本当に志を共有できる誰かと共に創造する」べきで、そういう強い意味合いを込めて使う言葉だということです。

自分の少ない経験からも、地域における「共創」が誰とでもできるというわけではなく、「誰と組むか」が非常にに重要です。増してやその「共創」を、継続して続く仕組みにするのも、そうそう簡単ではありません。本当のパートナーシップとは何か?、自治体や民間企業、個人という立場を超えた真の「共創」とは、どんな形が理想なのか…?我々が進める事業の中でも、そんなことを日々考えさせられています。そんな中で本当に幸運だなと思うのは、私達が関わっている各地には、本当に強い志を持っている方達がいて、その方達にむしろ引っ張られる形で、「共創」を模索できているということです。出会いというか、ご縁というか…。それがあってこそこうした仕事ができていることは、本当にありがたいことです。

ということで、私が「地域共創」という言葉をこだわって使っている意味が分かっていただけたでしょうか?
地域の立場から、志のある人達とに、新しい営みをる」。これが「地域共創」の真意ではないかと思います。私達の目指すところも、まさにそこにあります。その基盤となっているのは、やはり強固な主体性です。トップダウンではなく、やはりボトムアップで、自分たちでやろうとしなければ、決して成し得ないことだと思うのです。

文: NATIV倉重